大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)1144号 判決 1980年2月07日

上告人

山下光義

外二名

右三名訴訟代理人

酒井祝成

後藤年宏

被上告人

山下春之

右訴訟代理人

天野茂樹

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人酒井祝成の上告理由第一点について

記録によれば、原審における本訴請求に関する当事者の主張は、次のとおりである。即ち、上告人らにおいて、(1) 本件土地(第一審判決別紙目録第二に記載の土地をいう。)は、上告人ら(原告ら)、山下光一及び被上告人(被告)の亡夫山下孝二(昭和三九年九月六日死亡)らの父である山下辰二(昭和三四年五月二六日死亡)が昭和二八年七月三一日、杉江保二から買い受けたのであるが、孝二の所有名義に移転登記をしていたところ、辰二の死亡により、上告人ら、光一及び孝二は右土地を各共有持分五分の一の割合をもつて相続取得した。(2) しかし、登記名義をそのままにしていたため、孝二の死亡に伴い、その妻である被上告人が単独で相続による所有権移転登記を経由した、(3) 本件土地は、右のとおり上告人ら、光一及び孝二が共同相続したのであるから、上告人らは、その共有持分権に基づき各持分五分の一の移転登記手続を求める、というのである。これに対し、被上告人は、本件土地は孝二が真実、杉江から買い受けて所有権移転登記を経由したもので、孝二の死亡によつて被上告人が相続取得したのであるから、上告人らの請求は理由がない、と主張するのである。

原審は、証拠に基づいて、本件土地は辰二が杉江から買い受けて所有権を取得したことを認定し、この点に関する上告人らの主張を認めて被上告人の反対主張を排斥したが、次いで、孝二は辰二から本件土地につき死因贈与を受け、辰二の死亡によつて右土地の所有権を取得し、その後孝二の死亡に伴い被上告人がこれを相続取得したものであると認定し、結局、右土地を辰二から共同相続したと主張する上告人らの請求は理由がないと判示した。

しかし、相続による特定財産の取得を主張する者は、(1) 被相続人の右財産所有が争われているときは同人が生前その財産の所有権を取得した事実及び (2) 自己が被相続人の死亡により同人の遺産を相続した事実の二つの主張立証をすれば足り、(1)の事実が肯認される以上、その後被相続人の死亡時まで同人につき右財産の所有権喪失の原因となるような事実はなかつたこと、及び被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実もなかつたことまで主張立証する責任はなく、これら後者の事実は、いずれも右相続人による財産の承継取得を争う者において抗弁としてこれを主張立証すべきものである。これを本件についてみると、上告人らにおいて、辰二が杉江から本件土地を買い受けてその所有権を取得し、辰二の死亡により上告人らが辰二の相続人としてこれを共同相続したと主張したのに対し、被上告人は、前記のとおり、右上告人らの所有権取得を争う理由としては、単に右土地を買い受けたのは辰二ではなく孝二であると主張するにとどまつているのであるから(このような主張は、辰二の所有権取得の主張事実に対する積極否認にすぎない。)、原審が証拠調の結果杉江から本件土地を買い受けてその所有権を取得したのは辰二であつて孝二ではないと認定する以上、上告人らが辰二の相続人としてその遺産を共同相続したことに争いのない本件においては、上告人らの請求は当然認容されてしかるべき筋合である。しかるに、原審は、前記のとおり、被上告人が原審の口頭弁論において抗弁として主張しない孝二が辰二から本件土地の死因贈与を受けたとの事実を認定し、したがつて、上告人らは右土地の所有権を相続によつて取得することができないとしてその請求を排斥しているのであつて、右は明らかに弁論主義に違反するものといわなければならない。大審院昭和一一年(オ)第九二三号同年一〇月六日判決・民集一五巻一七七一頁は、原告が家督相続により取得したと主張して不動産の所有権確認を求める訴において、被告が右不動産は自分の買い受けたものであつて未だかつて被相続人の所有に属したことはないと争つた場合に、裁判所が、証拠に基づいて右不動産が相続開始前に被相続人から被告に対して譲渡された事実を認定し、原告敗訴の判決をしたのは違法ではないと判示しているが、右判例は、変更すべきものである。

そうして、前記違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 戸田弘 中村治朗)

上告代理人酒井祝成の上告理由

第一点 控訴裁判所の判決は、次の法令に違反すること明白である。

1 「民事訴訟法第一八六条裁判所ハ当事者ノ申立テサル事項ニ付判決ヲ為スコトヲ得ス」即ち、弁論主義の原則に違反する。また判例にも違反する。

2 「民事訴訟法第一二七条裁判長ハ訴訟関係ヲ明瞭ナラシムル為事実上及法律上ノ事項ニ関シ当事者ニ対シ問ヲ発シ又ハ立証ヲ促スコトヲ得」

民事訴訟法第一二八条、民事訴訟法第一三一条、等に違反する。

釈明権の不行使並びに審理不尽である。この点判例にも違反する。

控訴裁判所は、その判決理由において、次のとおり判示する。

「辰二の二男である右の亡山下孝二は昭和二三年頃から郷里を離れ横須賀方面に居住して時折帰省するのみで、その間格別資力を蓄えた事情も窺われず、実家に送金していた形跡も認められないから、右の本件土地など買受の当時及び本件土地の登記名義が同人に移転された当時の年令(孝二は昭和二年生れ)本件土地の売買価格(一万六、〇〇〇円前後と認められる)とも考え合せ、その代価の全部又は相当部分を支弁したものとは考え難いこと、しかしながら辰二の長男訴外山下光一は昭和二六年頃上京して、その後東京に住みつき、三男控訴人山下光義も昭和二九年初め頃、教員となつて実家を離れたのに対し、孝二は昭和二九年二月頃に至つて、横須賀から父辰二のもとに戻り辰二と共に、別件家屋に居住し以後共同して材木商に従事し、その経営は父辰二が主として建築機を孝二が建具材を扱うなど主体となつて辰二死亡後は専ら孝二が、その名義で材木商を営み、その間昭和三一年一月被控訴人と結婚して身を固め辰二の死亡数年前からは孝二が実家のいわゆる跡取りとしての地位を占めるに至り、本件土地や別件家屋など不動産の固定資産税や家屋修繕費なども辰二或いは孝二が、その材木商の営業利益から支払い辰二死亡後は孝二においてこれら殆んどすべてを支弁していたこと、かくして亡辰二としては本件土地の買受け及び登記当時は、ともかくとして遅くとも昭和三四年五月の死亡直前の意思としては本件土地が登記上のみならず実体的にも、また、亡孝二の所有とすることを肯認していたと推量されること。」

「叙上の事実によつて考えるに本件土地は亡山下辰二が昭和二三年頃買受けたものであるが、同人は当時はもとより昭和二八年七月の登記当時においても登記簿上の買主たる二男孝二に真実所有権を帰属せしめる意思まで有していたとは、にわかに断じがたいところ(この意味で孝二の登記は名目上のものに過ぎなかつた)その後孝二が帰り同居して材木商に協力し、家業を承継するようになつた頃から、その意思に変化を生じ前記登記簿上の名目を実質的にも権利関係の実体に副うものとして承継するようになり、この意思は辰二が死亡するまでの間に本件土地の登記簿上の所有名義人をさらに移転させようとしなかつたところから遅くとも辰二の死亡(昭和三四年五月二六日)によつて確定したものというべく当時控訴人らも本件土地が孝二の所有に帰したことも承認して争いがなかつたとみるべきである。これを法律的にみるならば、本件土地はその登記簿の表示とは別に、昭和二三年頃亡山下辰二が買得して所有者となつたが、これを山下孝二が昭和三四年五月二六日辰二の死因贈与によつて取得し、さらに被控訴人がこれを昭和三九年九月六日相続取得したものと評価することができる。)

(二) 右控訴裁判所の判示理由は、事実の認定を著しく誤つたものであり、また証拠によらない独断の判決以外の何者でもない、即ち、原判決(第一審)の事実摘示、並びに控訴判決の事実摘示を見ても判明するとおり被上告人の主張は「本件不動産は被控訴人の亡山下孝二の出捐によつて昭和二八年三月頃買受けたものであり同人自身が買受人であり所有権者であると」いうのである。控訴審判決が事実認定するような「本件土地の買受け及び登記当時はともかくとして遅くとも昭和三四年五月の死亡直前の意思としては本件土地が登記簿上のみならず実体的にもまた亡孝二の所有することを肯認していたと推量されること」とか「これを法律的にみるならば本件土地は、その登記簿の表示とは別に昭和二三年頃亡山下辰二が買得して所有者となつたが、これを亡山下孝二が昭和三四年五月二六日辰二の死因贈与によつて取得しさらに被控訴人が、これを昭和三九年九月六日相続取得したものと評価することができる。」という主張はどこにも存在しない。しかるに控訴審判決が前叙のとおりの事実を認定したことは、明らかに事実の認定を誤つたものであり、また、主張証拠に基かない独断による判決であつて、到底破棄を免れない。弁論主義の原則に違反する。

(三) 更には、斯る控訴審が事実を認定するならば、宜しく、この点についての釈明権を行使して、その主張事実を明確にした上で、両訴訟当事者に対し、この事実についての主張証拠の提出を促し審理を尽すべきである。然るに、この点につきかゝる訴訟指揮、釈明権の行使をなさず、独自の判断において前叙の如き事実を判決理由において、判示したのは、釈明権の不行使であり、審理不尽の責を免れない。

この点については、審理不尽を理由として控訴審裁判所に更に十分なる審理を尽すための破棄差戻しを求める。

第二点 <省略>

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